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名前を見ただけでは分からないかもしれませんが、私は日本人です。生まれも育ちも、今住んでいるのも北九州市です。私はとてもユニークな家庭環境で育ちました。 父は全盲で東京の盲学校に通っていたのですが、その間に教会に行くようになりました。そのきっかけは、カントリー音楽が好きだったからです。その教会が南部バプテストの教会だと知った父は、「この教会に行けばカントリーミュージックが聞けるかも!」と思ったのです。ところが教会で聞いたのは、「イエス様があなたを愛していて、目的と理由をもってあなたをそういう風に造ってくれた」というメッセージでした。それまでは、「あなたの目が見えないのは、先祖のたたりか前世の因縁だ」という話ばかり聞いていましたから、「あなたは神様の思い通りに完璧に造られている」という聖書のメッセージを聞いた父は、イエス様の福音に引きつけられ、それを受け入れて救われたのです。 一方、母も同じ東京の盲学校に通っていました。母は父がバンジョーを弾くようになって作ったブルーグラスバンドで一緒にマンドリンを弾いていました。学校で鍼灸師の勉強を終え た父は、母に結婚を申し込みました。今でも父は、母のことを「東京土産」と呼んでいます。 兄(初めての子)が生まれた時、母は「子育てには何か絶対的な基準が必要なはず。それはどこにあるのだろう?」と思うようになりました。母は毎週父を教会に連れて行っていましたから、聖書の中にその土台があると気づきました。そうして母もイエス様を信じるようになったのです。 こうして私はクリスチャンの家庭に生まれました。日本ではとても珍しいことですよね。小さい頃から教会に通っていた私は、9歳でイエス様が自分の救い主だと信じました。また、ちょうどその頃からクラシックギターを習い始めたのですが、3年ぐらいでギターの先生が引っ越してしまい、レッスンが続けられなくなりました。それでもギターが大好きで、独学でいろいろ覚えていきました。12歳のころからは家族4人で楽器を弾いて、ハモッて歌うようになりました。父がブルーグラス・カントリーが大好きで私も兄もそういう音楽を聞かされて育っていましたから、家族で演奏する時もブルーグラススタイルのサウンドになりました。そうやって教会のイベントなどで歌っているうちに、「ブルーグラス・ゴスペルを歌うおもしろい家族がいるぞ」という噂が広まって、綾塚ファミリーバンドが生まれたのです。 今よりもっと若かった頃はいろんな音楽をやってみました。学生の時は、教会の友だちとへヴィメタルバンドで、オリジナルの曲を書いて聖書やイエス様のことを歌っていました。 私は9歳でイエス様を信じたと言いましたが、最初のうちは「日曜日に教会に行ってるから、自分はクリスチャンだ」というぐらいにしか思っていませんでした。それ以外は、聖書も神様も毎日の生活の一部になってはいませんでした。そうして高校を卒業したとき、英語が好きだった私は専門学校で英語を勉強することにしました。そのころ、マーク&シャロン・ベネットというとてもユニークな宣教師の夫婦が、アメリカから私の通っていた教会に働きに来ました。私は英語を勉強していましたから、"Hello my name is Hiroaki!"と英語で自己紹介しました。ところがベネットさんたちは私の名前をうまく発音できなかったので、最初の「ひ」を取ってロッキーと呼 ばれるようになりました。 ベネットさんは自分の家でバイブルスタディを開いていました。私はそこに通うようになり、家族ぐるみで友達になりました。その中で、「この人たちは今まで会ったクリスチャンとはなんか違う」と気づくようになりました。ベネットさんはイエス様が大好きで、毎日の生活の中でイエス様との関係をとても大事にしていたのです。ベネットさんたちと出会い、その働きをとおして、イエス様と私の関係はどんどん深まっていきました。 専門学校を卒業して外国人のための研修施設で働いていた私は、世界中からやって来たたくさんの人たちに出会いました。それと同時に、ブラジルのクリスチャンたちと繋がりを持つようになり、いろんな礼拝スタイルがあることを知りました。また、こんな国際的な環境で働いていましたから、スペイン語やポルトガル語も話せるようになりました。こうしたたくさんのユニークな経験が、神様が用意してくれた 将来へ向けて、私を訓練し、準備してくれていたのです。 その職場に勤めて3年半ほどたったころ、イエス様との関係がどんどん強くなっていた私は、「もっとイエス様のために何かしたい!」と思うようになり、仕事を辞めて信仰だけを頼りにイエス様の働きをする生活へと歩き出しました。それから、通訳や讃美リードなどで宣教師のお手伝いをしたり、綾塚ファミリーバンドのコンサートにもっと自由に時間を使ったり、ホームバイブルスタディやいろいろなイベントに関わったり、また、自分ひとりでもコンサートさせてもらうようになりました。私がイエス様の働きを続けていけるように、イエス様はいろいろな方法で私に必要なものを全部与えてくれています。 その後もイエス様は、イエス様の働きをいっしょにしてくれる最高の妻や、住む家、音楽に必要な楽器や機材や歌、また、イエス様の福音を伝えるのに必要な聖書の学びなど、あらゆる良いもので私を満たし続けてくれています。そして、物語は続いてゆくのです・・・
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